通称釜ヶ崎、私は親から、あの界隈へは行くなとガキの頃から言われた。行くなと言われたら行きたくなり、思春期には、ひとり徘徊していた。三角公園の炊き出しに並んだら怒られた。みんなひとりで飯を喰い、呑んでいた。友だちなんかいなくていいと思った。いつかここで映画を撮りたいと思った。この作品は、忘れかけていたその頃の私を、いまの私へと繋いでくれた。これは傑作。あの界隈でしか成立しない奇想天外な物語。同じ大阪でも、梅田や難波では成り立たぬ。ましてや東京でもパリでもNYででも絶対これは成り立たぬ。そんな場所だからこそ、世の中を撃てるのだ。大阪万博は人を殺す。
立ちションがしたい。たき火がしたい。バクチがしたい。タバコが吸いたい。路上でそれができない街を街といっていいのか? てゆうか公園でも寝られないってどういうこと? 街をキレイにいたしましょう? カネもうけできるようにいたしましょう? クサい、キタナい、浄化しろ? 殺!殺!殺!されど殺、合戦じゃあ! アンチクショウの脳天めがけて、石つぶてをブンなげろ。くたばれ、五輪。くたばれ、万博。一発だべ。
今さらフィルムの時代を懐かしみはしない。それでも全篇16ミリフィルムで撮影された『月夜釜合戦』を見れば、今のこの国がつまらないのは誰もがデジタルの映像を通してしかものを考えていないからだと断言したくなる。その画面のざらついた質感を通して、フィクションのみがたどりつける「現実」が、感傷も郷愁も突きぬけた地平になまなましく立ちあらわれる。あらゆる政治的対立さえ超えて見知った顔と見知らぬ顔とが等しく演じる饗宴に大笑いしながら、もはや現代では難しいと考えられていた喜劇が、怒りの力で現代に甦った事実に快哉を叫ばずにはいられない。『月夜釜合戦』は観客を必要としている映画ではない。われわれが必要としている映画なのだ。
街が殺されてゆく、無味無臭の白い何かに。美しい国という冷たいスローガンに。それは釜ヶ崎に限ったことではない、世界中で進行している事態だ。路上で炊かれた炎が消される時、そこで生きた人間のぬくもりも消える。だがそれを良しとしないヤツらは何度でもこう言うだろう。「やられたらやりかえせ!」月夜釜合戦は私たちの胃袋、すなわち“釜の飯”を巡る血沸き肉踊る「あったけぇ」闘いだ。
志が前のめりな映画、好きなタイプだ。が、この志はそんじょそこらではない。フィルムで、釜ヶ崎で、よくぞやり遂げた。しかも、目線の低さがいい。見世物の常識ですね。常識外れの僕には、羨望と嫉妬を感じずにはいられなかったよ。三角公園での集団乱闘合戦シーンの、盛り上がり、粘り、真っ向勝負。見事だった。あっぱれ!
『月夜釜合戦』は二重の「時間」を生きている。この映画は、現実の「釜ヶ崎」を描きながら分厚い歴史を突き抜け、上田秋成の「長町」への視力と共振し始める。それは、「憤ること」が「物のあはれを知ること」をくつがえす道である。芸術自体の強度を追い求めるからこそ、自らを大胆に、無遠慮に政治化する道である。
赤いスカートの女性による爽快な自転車の走行に導かれ、出鱈目のようでいて繊細きわまりない演出が描き上げるこの愉快な作品が16ミリで撮られたことを、とことん祝福しようではないか。
大阪映画に刻まれた数々の映像的記憶へのオマージュと、消滅の淵に立たされた釜ヶ崎で紡ぎだされた夢想のなかから、最後のリアルな大阪が浮上する、空前絶後の聖杯物語。作品をつらぬくドタバタ人情喜劇のなかに織り込まれた抒情と、秘められた怒り。ひとつのショットに、おびただしい数の町とひとの表情や身ぶりの折り畳まれた万華鏡。佐藤レオとその仲間たちによってしか、そして、この時代にしかありえなかった傑作である。
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